春が近づくと、視界に入るあちこちで、薄桃色の花がほころんでいる。現在居住する宅地の裏手にある、小山もいっせいに春の陽色を帯び、季節の移ろいを、知らせてくれる。
私が、7歳のころだと思う。今は亡き伯父が珍しく我が家に遊びに来てくれた。内科医をしていた伯父は、陽気で人懐っこく、又、俗な一面を多く持ち合わせているということが、幼い私には、とても魅力的に思えた。この伯父の前では自分の幼稚さを無防備にすることができたからである。小躍りするような嬉しさを、両親には隠して、伯父との外出までの時間を心待ちにしていたのを、鮮明に記憶している。
この伯父に手を引かれて訪れたのが高知城である。ぎゅ。と音のする砂利道を歩いていると、行き交う人々の姿。親子連れ、恋人らしい男女。そして春の匂い。伯父の首にかかる硬そうな白髪やがっちりした大きな背中を弾むような気持ちで見つめながら、幅ひろの階段を上って行ったのを覚えている。道々、伯父と交わした会話なんて一つも記憶していないけれど、唯一、印象に残っている言葉がある。
高知市街を見下ろしながら、大きい声で、
「いい天気だね〜。さあ、愉しもう、愉しもう。」
と、私に頬擦りしてきたその時の言葉。どきどきしたのを覚えている。伯父は、結婚して二十年近く経っていたけれど子供が無くて悩んでいたなんて。その後、伯父が心筋梗塞で他界した時に初めて知った。
伯父が生きていたら、きっといろいろ相談をしたり甘えていたのにと思う。
先日、ふと空いた時間に立ち寄った高知城。砂利道。階段。木陰の小道。お城の色々な場所に、その時々の人たちとの思い出が蘇る。
「思い出」には、映像と、音と、匂いと、そしてその頃の私がいて、記憶を手繰り寄せているうちに、予想しなかった痛みに遭遇してしまう。
道を歩きながら、優しかった伯父の笑顔が思い出されて、少し切ない気持ちになった。
美しく優しかった祖母と共に