幼稚園から土佐女子校まで、毎日、高知城を見上げながら通学いたしました私にとりまして、高知城は、子供の頃からの遊び場でもありました。 私がまだ幼稚園だった頃、お城の南側に動物園があり、インド象の「南海子さん」と名付けられ、大きな耳と長い鼻に驚かされたのも、昨日のように思い出されます。 すべり山の大きな楠木の下で、柔らかい夏草の上をゴロゴロと「転がり遊び」をした事や、土佐女子校に通学するようになってからは、放課後セーラー服のまま同級生と、若葉の香る銀杏の段を、たわい無い話に笑い、ふざけあったりなど等。 季節が変わり色づく銀杏の段は、多感な乙女心を魅了し、ひと時、ロマンティックな気分に浸ったものでした。 又、美大志望だった私は、季節の花々や風景のスケッチに出かけたり、と、思い出は数知れずあります。 運良く志望校に入学が決まり高知城の桜に見送られて上京し、そのまま東京に居着いてしまいました。 十数年前に帰高した折、思いもかけず暗闇の中に浮き立つ高知城に出会った時の感動は、忘れることが出来ません。今は亡き姉にその訳を聞き、「赤い靴」通いが始まりました。 最近は仕事でご一緒する歌手の方々やタレントさんに時間の許す限り、気高く・美しい高知城を、お見せしたくてお連れしております。伺えば、自費でおやりになっているとか。ご苦労も多いかと存じますが高知城への灯を絶やす事無く、いつまでも続けて頂きたいと存じます。 下記のお写真は、株式会社 ドデカゴン 柴田恵子社長様の最近のお写真です。 ビジネスで、シンガポール・ソウルにて 韓国の、スーパースター“パク・ヨンハ”さんのディナーショーを、日本(東京・大阪)で初めてプロデュースされ、大成功させ話題になりました張本人。パク・ヨンハさんとは、ファミリーのお付き合いをなさっています。 柴田恵子社長様は、今、国際的に大活躍なさっています。 これからも、高知にいろいろな文化・芸能・スポーツをご紹介していただき、県民の皆様を楽しませてくださいね。 元巨人軍の鹿取義隆様と、ご一緒に赤い靴ロイヤルサルートに、ご来店いただきました、柴田恵子社長様。 鹿取義隆様は、高知ご出身で、この日は、WBC世界一の後、故郷高知にて、講演され新聞・テレビ・ラジオ等で話題になりました。 柴田恵子社長様、鹿取義隆様の、故郷高知を想うお気持ちに感謝いたします。ありがとうございました。
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